2011年11月17日

イキテイル。



2011年4月頃に作った歌。

ほんっと久しぶりにハモニカも吹いてみました。
ちょこっと練習してから撮ったけど、やはり演奏がグダグダだったので、「めんどっちいけど、もう1テイク撮るか?」なんても思ったのですが・・・
出演者の演技が最高だったのとバックコーラスがミラクルなタイミングで入ってくれたので、1発でやめました。

でも、楽しかったので、少し暇になったらいろいろ楽器、練習しようと思います。





       『イキテイル』

首を絞めて人を殺すことは残酷か
ナイフで刺して人を殺すことが残酷か
ボタンを押して人を殺すことは残酷か
指をさして殺させることはどうだろうか

首を撥ねて鶏を殺すことは残酷か
頭蓋を割って豚を殺すことはどうなんだ
生きた魚の腹を裂くのは残酷か
生きた魚を凍らせることはどうなんだ

   残酷な人間が今日も笑いながら生きている
   残酷な人間が今日も愛し合いながら生きている
   ・・・イキテイル。

野を駆ける鹿を打ち殺すのは残酷か
大空を飛ぶ鳥を射るのが残酷か
地を這う蟲を踏みつぶすことは残酷か
人刺す蟲を叩き落とすことはどうだろうか

森の木の実を奪うことは残酷か
枝を折るのは 切り倒すことはどうなんだ
根を掘り返し 小さき生き物たちの住処を破壊して殺滅することはどうなんだ

   残酷な人間が今日も震えながら生きている
   残酷な人間が今日も慰め合いながら生きている
   ・・・イキテイル。

草を殺し 土耕すのは残酷か
異質な種を植え付けるのが残酷か
獣を殺し 皮を剥ぐことは残酷か
獣を囲い 飼い殺すことはどうだろうか

毒を飲ませ 兎を殺すことは残酷か
毒を塗り 皮膚を焼くことが残酷か
毒を撒き 黴を殺すことは残酷か
毒を飲み 菌を殺すことはどうなんだ

   残酷な生き物が今日も傷つけ合いながら生きている
   残酷なこの世界で今日も奪い合いながら生きている
   ・・・イキテイル。

  残酷なのは誰だろう?
  残酷なのは誰なんだ?
  残酷な奴は何処にいる?
  残酷な奴は何をしている?
  残酷な奴は何を見ている?
  残酷な奴は何を食べてる?
  残酷じゃないのは誰だろう?
  残酷じゃないのは誰なんだ?
  残酷じゃない世界はどこにある?

   残酷なこの世界で みんな支え合いながら生きている
   素晴らしいこの世界で 今日も殺し合いながら生きている

  僕ら 奪い続けている
  今日も 侵し続けている
  みんな 傷つけ続けている
  利用し続けている

  みんな 今日も生きている
  みんな 今日も生きている
     ・・・イキテイル。



ごくごく当たり前のことを歌にしました。

自然の中での生き物たちのかかわり。
喰い、喰われ、傷つけ、奪われ、利用し合いながら生きていく・・・営み。
複雑な関係性の中で、捕食者が被食者の個体数調整をして種を維持し、進化を助けたりもする。

何が残酷か?なんて人間の判断がいかにナンセンスかってことを「自然」は教えてくれます。
人間の行為、人間社会の営みなどはすべて歪に見えてしまいますが、それだって基本的には、自然が動かす「本能」に基づいているのでしょう。

人間の感覚や思考の、いかにちっぽけなことか。
自然の懐は、僕らの「知」などとうてい及ばない深さを持っていると感じます。

なので(歌詞を解説するのは恥ずかしいことなので)あんまり言いたくないけれど、ここに挙げたほぼすべての行為を僕は「残酷」だとは思っていません。
「善い行為」とも「悪いこと」とも言えんなあ、と感じます。

ただ一つ・・・一つだけ、どうにも嫌いな、「こういうのは醜い…!」と思う行為がありますけどね。




posted by 野良人イトウ at 06:42| Comment(1) | うた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月05日

エコバッグ。

これは今年2011年の春に作った歌。
なんとなく作った歌です。





        『エコバッグ』
エコエコバッグ ぶらぶら下げて 今夜もコンビニに行こう
ネコネコだって ごろごろしてるだけじゃホントはないのかもね

何となくキレイな花を飾って暮らそう
何となくキレイなものを並べて暮らそう
何となく美味しいものを食べて暮らそう
何となく安心なもの食べて暮らそう

何となくよい香りに包まれて暮らそう
何となく楽しげな歌を聴いて暮らそう
何となく安全な雰囲気の側で テレビの中の悲劇に胸を痛めよう

何となくキタナイもの遠ざけて暮らそう
何となく臭いものには蓋して暮らそう
何となく悪そうな人裁いて暮らそう
醜いものは何となく見難いとこに置こう

何となく単純な答えを信じよう
何となく幸福な暮らしを求めよう
日々はそれなりに忙しく過ぎるけれど 何となく「善い行いをしたい」と思ってる

ああ僕はこの世界で 何番目くらいに幸せなんだろうか

エコエコバッグ ぶらぶら下げて 今夜もコンビニに行こう
ネコネコだって ごろごろしてるだけじゃホントはないのかもね
何となくきっとたぶんどちらかって言えば 正しく生きている方じゃないかな

何となく「自然は大切」だって思う
何となく「地球にやさしく」なんて思う
何となく“ナチュラル”は美しいんじゃないかな
これからはきっと「こころの時代」なんでしょ

平和な世の中を何となく祈ろう
何となく優しげな世界を願おう
何となくサスティナブルなカタログめくって 新しいマイ箸とマイカップ選ぼう

何となくキレイなものを並べていたい
安心と安全に囲まれていたい
日々はそれなりに忙しく過ぎるけれど 何となく「美しくいたい」と思ってる

ねえ君はこの世界で 何番目くらいに幸せになりたいの?

エコエコバッグ ぶらぶら下げて 今夜もコンビニに行こう
ネコネコだって ごろごろしてるだけじゃホントはないのかもね
何となくきっとたぶんどちらかって言えば 正しく生きている方じゃないかな
もうちょっとくらい 幸福になりたいなあ




posted by 野良人イトウ at 05:53| Comment(1) | うた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

音楽と僕。


特に10代から20代前半にかけて、音楽は僕にとってとても重要な要素でした。
自分の存在、自分の人生を不快なものとしか感じられなかった頃、僕にとって音楽こそ人生の支えであり、生きていくことや人間の在り方にかんする様々なことも、僕は音楽を通して学び、考えてきたと言ってもいいくらいです。
それは決して、耳障り良く心地良い音ではありませんでした。
ドライブのBGMになるような音楽は必要がなく、“吐き出さずにはいられない激情を鳴らした音”だけを好んで聴いていました。

ROCKこそ、僕のバイブルだったのです。


聴くだけでは飽き足りませんでした。
初めてギターをもらった中学生の頃から演奏はちっとも上手にならないけれど、とにかく自分でもたくさんの歌を作りました。
それは僕にとって、ご飯を食べて排泄するような自然な行為でした。
特に誰かに聞かせるでもなく(機会があれば聞かせてましたが)、心の奥から湧いてくる言葉をメロディに乗せて、口ずさんだり叫んだりしていたのです(たいてい一人で自分の部屋で熱唱…。家族は「ああまたやってる…」てな感じ)。



下の曲は、10年くらい前に作ったものです。
特に録音したりもしていなかった為、歌詞も曲もコードも時間とともにどんどん忘れてしまうのですが、最近ちょいと思い出したのでリメイク?したものです。
(ギターも久しぶりーに弾きましたよ)
せっかくなので録ってみました。





『PUNKISH HOLING MAN』

何でか睨んでる
何かを睨んでる
いつも腹立てている
肩をいからせて

彼はシャベルを手に
穴を掘り始めた
玉汗滴らせ
青空に目もくれず

時々叫びながら 
掘り続ける彼に
僕は尋ねたんだ 
「どうして穴を掘るの?」

彼は一刹那 
僕を直視して
こう答えたんだ 
「其処に穴がないからさ」

穴を掘るのさ 穴を掘るのさ
其処に穴がないのだから
穴を掘るのさ 穴を掘るのさ
其処に穴はないのだから
今日も穴を掘るのさ

誰が持っている?
何処に置いてある?
それはどんな色?
僕だって欲しいな

本当はわかってる
そろそろ気づいてる
確かな「理由」なんて
在りはしないってこと

穴を掘っている 穴を掘っている
掘りかけた穴を掘り続けている
花が咲いている 花が咲いている
其処に種子が落ちたのだから
いつか再び咲くだろう 花は咲くだろう
繰り返すのだろう

目的なんてないだろう
理由なんてないだろう
正しさなんてないだろう
答えなんてないだろう
真理なんてないだろう
ただ生きてるだけだろう
そうやってずっと 繰り返してきたんだろう

其処に穴がないのだから・・・
其処に穴はないのだから・・・
posted by 野良人イトウ at 06:47| Comment(0) | うた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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