2014年06月12日

Cocco、母になる。

ウチで飼っているCoccoさんは、ボリスブラウンという品種です。
原種に近い烏骨鶏などとは違い、自分で卵を温めたりはしない近代品種、F1品種の鶏です。
温めない理由は、もちろん、卵をたくさん産ませるため。
いちいち温めては邪魔だし、抱いている期間はまったく産卵しないわけですから、生産業としてはまったく不効率な話なのです。

「近代品種の鶏は卵を温めたりしない」
これは常識です。

だから、「あれ?この子、温めてるの?」と気づき始めた5月15日(木)あたりから1週経っても2週経っても、実は半信半疑でした。
いえ、実際、時々そういう子はいるのです。
産卵後しばらく卵を抱えてみたりしている子。
でも、数分抱いてみても、そのうち飽きて?卵を放って遊び始めるのが常なのです。

「まあ、そのうち飽きてやめちゃうんだろうな」
「そもそも有精卵である可能性も低いし」
「発生に必要な転卵したりも出来なさそうだし」
家畜としての品種改良によって奥底にしまわれてしまった《本能》にたまたまスイッチが入ったとして、それを維持して孵化させるまで世話し続けるなんてことは、どうしても考えられなかったのでした。
DSCN7658.JPG

DSCN7657.JPG


上手くいけば孵化するはずの3週目目前の頃に、「まあ一応」と雛用の囲いをつくってみたものの、それでも生まれるなんては思っていませんでした。

もうすぐ満4週となる6月10日(火)の朝、僕は決めていました。
「温めているCoccoさんの弱り具合の方が心配だし、そろそろドクターストップだな」
「卵も片づけて、今日でおしまい」


・・・で、その日なのです。生まれたのは。

エサをやりに鶏舎に行くと・・・
「ピヨピヨ」
微かな鳴き声が。

「ま、まさか・・・?!」
覗き込むと、そのまさか。
ヒナが母Coccoさんの羽に埋もれたり飛び出してエサをつついたり。
そして、それを愛おしそうに見つめる母Coccoさんの姿が目に入りました。
DSCN7837.JPG

翌日もう1羽生まれ、現在2羽の雛が、鶏舎内の小さな囲いの中にいます。
もちろん母Coccoの周りにいて、寒くなるとすぐに羽の中に潜り込んで眠っています。




鶏を自分で飼いはじめて6年になりますが、ここまでの感動は初めてでした。
3年前に自分で人工孵化させた時ももちろん涙が出るほど嬉しかったのですが、それを凌ぐ、何とも言えない感動がありました。
イキモノのもつ《本能》の凄さ。生命の持つ絶対的な不思議さ。
生まれた雛もすごいし、温め続けたCoccoさんももちろんすごい。
この、ヒナを見つめる母の眼差し。
僕が日々いただいている卵も、まさに1つひとつが生命そのものなのだと実感させられます。



けれど、一方で「う〜む」と思ったりもします。
僕のような「なんちゃって鶏飼い」ならば喜べるようなこういう事態も、生業として飼っている養鶏屋さんにとっては「困ったこと」でしかありません。
卵をいちいち温める鶏なんて、邪魔だし、(その間は産まないのですから)非効率極まりないのです。
さらに、そうして生まれた雛は、おそらくF1種である親鶏よりも家畜としてのレベルは低いでしょう。
(今回の雛の父親であるチビキックは3年前に孵化させた子ですから、今回の子は3代目。おそらく産卵率も肉としてもボリスブラウンよりも落ちると思われます)


ニンゲンと他のイキモノの関係、在り方をあらためて考えさせられます。

僕らが日々食べている鶏肉や卵のほぼすべては、どんなに健康的に飼われている鶏であっても「食べるため」「人間が利用するため」につくられた品種。
(もっと言えば、野菜も他の肉も、ほぼすべての食べ物がそうです)
それは憂うことでも残酷なことでもないと僕は考えるのだけれど、どこか「違和感」が残ることも事実です。
そして、そんな違和感を抱えながらも、僕は今日も彼女たちが苦労して産んだ(雛になる可能性のあった)卵をいただいたし、同時にウットリと雛の様子に見とれてもいました。

今のところは「それでいい」と思っています。
この「違和感」を抱えたままで、彼らとの「微妙な共生関係」を維持していくのだと思います。
「(生物として身勝手な?)人間の暮らし」と「自然」との接点に、「自給的・農的な暮らし」はあるように感じます。

いやいや、そんなことはさておき、です。
とにかく、やっぱりCoccoさんはスゴイ。
僕にとって最大の「師」だと、胸を張って紹介します。
日々、感謝です。

posted by イトウ at 21:34| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
感動しました!私も卵鶏を飼っているんですが、初めて飼うときは抱卵の本能がないなんて信じられなかったです。
鶏のように脳みそが小さい生き物は、本能だけで生きていそうだし、生物が生きるための一番の目的である、子孫を残す、とゆう部分を失うことがあるのだろうか と。

母コッコさんのその後も知りたいです!

上手に育児を出来たのか?
再び抱卵するか?
雛は抱卵の本能があるのか?
他の鶏は育児をする仲間をどう見ていたのか?
他の鶏に変化はあったのか?


ブログも面白くてブックマークしました!
また見に来ますねっ!
Posted by at 2016年03月24日 23:05
茜さん、ありがとうございます。
この年は、結局3羽孵化して、1羽だけが大きくなりました。ちょうど「鶏飼いたい」という友人がいたので譲ったのですけど、今も元気に2羽で過ごしているみたいです。生まれた子もメスで、卵もちゃんと生んでるそうですよ。
翌年(2015年)も別な子が抱卵して、1羽の雄雛を孵しました。そのCoccoは「抱き癖?」がついていて、その後もすぐに温めようとします(無精卵でも)。

孵化したばかりの母子は、他の大人のCocco達からはいつも隔離しています。そういう「異物」に対しては結構Coccoさんは厳しいので、ちと怖くて一緒にはできませんでした。

たぶん鶏はすでに「人間に飼われることで生存し続けられる」生き物になってるんでしょうね。歪だけれど、これもまた「共生関係」のひとつの形なのかなあ。
Posted by イトウシンジ at 2016年03月26日 18:42
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