2013年06月27日

スッキリなんて望まない。

札幌に行ったついでに久しぶりの蠍座。やっぱりいい。
こういう素敵な映画館が在り続けてくれるのは嬉しいね。

さて、今日観たのは『ゼロ・ダーク・サーティ』
一言でいえば、無茶苦茶面白かった。2時間半ドキドキしっ放し。

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... タイトルは「午前0時30分」の意で、CIAがビンラディンを襲撃した時刻を表している。内容もそのまま、そこに向かって突き進む。
視点は100%アメリカ、CIA、そして若きCIA分析官女性・・・とくれば、アクション&サスペンスで最後に「悪いヤツ」をやっつけてドカーンとカタルシス、「あーすっきりした!」って話かと思ってしまうんだけど、全然そうじゃない。
全然スッキリなんてしない。
徹頭徹尾、重い雰囲気で、暗い(ビンラディンらしき男を殺した後も…)。
パレスチナ人捕虜への拷問シーンには目を覆いたくなる。
勇ましい女性主人公にまったく共感できない。
最後の、ビンラディンを匿ってた家の子どもたちの泣き叫ぶ声が耳に残る…。

僕がたまたまパキスタンやムスリムの風景、人々に馴染みがあって白人よりもそちらに強く親しみを感じてしまうからなのか、その重たさ自体が作り手の意図なのかわからないけど、とにかく「正義が悪を倒す」なんて子ども騙しの物語ではないことは確か。
でも、この「スッキリしなさ」こそこの映画の重要な点だと思うし、それは作り手の誠実の表れな気がする。最後のシーンの主人公の表情がそれを象徴してたんじゃないかな。

例えば経済や国防の問題で、勇ましく断定的な言葉で語る人を僕は信用しない。けれど、食べ物の問題にしろ原発の問題にしろ、何かを「悪」と見立てて「わかりやすい正義」でものを語るのも、好きじゃない。
そんな簡単なものじゃないでしょ。
桃太郎はおとぎ話。現実の世界では、「鬼」には鬼の事情がおそらくあるだろう。見方によっては彼らが被害者であるかもしれない。完全無欠の正義など、存在しない。事態はどこまでも、事情や感情が複雑に入り組んで成されている。

だから、複雑な事情や感情をそのまま受け止めるのが誠実さだと思うし、そこを直視してこそ解決の糸口が見つかるのだと僕は思う。
そうなんだ。「憎しみの連鎖」をたどれば、必ずどちらにもそれなりの理がある。

他者の悲しみや苦しみ、喜びに寄り添える人間でありたい。それは、「正しくありたい」と言語表現することもできるのかもしれない。
けれど、「自分には正義がある」なんて間違っても思ってはイケナイと感じる。そんな空っぽな、自分の外の曖昧な何かにゆだねることはしたくない。自分の行為の裏付けは、あくまで自分の思考や感情に基づくものでありたい。
むしろ、「悪いヤツ(と自分には思える人)」の、彼らなりの理を見つめることを、自分の思考の出発点にしたいと思う。
そうすることで、僕らは今よりも少しはマシな世界に向かっていけるんじゃないだろうか。

・・・あらためてそう思わせてくれる映画だった。

7月8日まで蠍座でやっております。
http://zdt.gaga.ne.jp/
おすすめの1作です。

posted by 野良人イトウ at 22:37| Comment(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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