2016年08月16日

お墓の前で。

墓参りに行ってきました。
僕の両親は決して信心深い人ではないけれど、「ここにおじいちゃんおばあちゃんが眠ってるんだよ」と教えられて、子どもの頃から毎年墓参りをして育ったので、僕もこの習慣は続けています。

うちの墓には「○○家の墓」ではなく、「倶会一處」と書かれています。
「死んだらあっちでまた会いましょう」って意味みたいです。
僕は「○○家」よりもこっちの方が好みだな。
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普段は自分を囲むたくさんの生命を意識しながら暮らしているけれど、それを「横のつながり」とすると先人や未来の人たちとは「縦のつながり」。
何百何千年前の人達のことを詳細にイメージするのは難しいけれど、せめてじいちゃんばあちゃんがどんな思いでどんな暮らしをしていたのか思いを巡らすことは、大切な時間かもしれません。

ウチの墓のある墓地は、街を見渡せる眺めの良いところです。
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もう一つ、こんなタイプの墓参りもしてきました。
ビルの中のマンションお墓。
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少し前まで実は僕は、この手のお墓をちょっと馬鹿にしていたのですが、今回詣でてみて考えをあらためました。
悪くないです、マンションお墓。

考えてみれば、日本の冠婚葬祭なんてもうほとんど信仰とも結びつかないその場限りの「ナンチャッテ」な慣習です。
もちろん例えば葬儀にまつわる事柄一つひとつも、意味を辿れば「なるほど!」と感じることばかりなのだけれど、まったく日常とつながらない感覚でその時だけ慌てて踏襲することには本当は大して意味がないのかもしれません(あるとすれば、直接の相手に対しての礼節、配慮の為でしょうか)。
(大きな声では言えないけれど、最近参列した葬儀でのお坊さんの話がどれもあまりに空疎な感じがした…というのもあるかなあ…お坊さんの話、もう少しナントカならないのかなあ…)

「亡くなった方を想う場所(本当にそこいるかどうかは置いといて…)」としてとらえた時、ずらりとピカピカした墓石が並ぶ墓地も(これはこれで距離を置いてみればヘンテコリンな光景です)、大きなビルの中のロッカールームみたいなお墓も、そう大差はなく、そこにかかわる人のこころ次第なのかもしれません。
そういう「想い」が積み重なっているためか、この建物自体が不思議と落ち着いた供養の場の佇まいになっているなあ、と僕には感じられました。

高齢になってきた親を将来どう供養するか、そろそろ決めておかないとなあ・・・と考える一方、自分が死んだら土葬か鳥葬がいい!、と本気で思う僕なのでした(まあ、無理だけど)。
でも葬式も、家で清志郎でもかけててくれて、そこにちょこちょこお友達が自ビールとか持って集ってくれるくらいがいいな。
せめて墓石じゃなくどこかの森の木の下に散骨してもらえたらいいんだけどなあ・・・。
できる場所、見つけておかなきゃ。


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posted by 野良人イトウ at 07:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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